「いまここ瞑想」をはじめてみませんか?

マインドフルネス(ヴィパッサナ)を多くの人に体験してもらいたい。

そのために、本質を変えずに、できるだけ敷居を下げたイントロダクション を模索するプロジェクトです。

瞑想に興味があるけど、 はじめ方が分からないという人向けのサイトです。

心臓の鼓動を対象にしたときの体験

その日は、長老の下に教えを受けに来た人達がおり、 私は隣で瞑想に入ることにしました。

まず最初に瞑想の対象に選んだのが「呼吸」です。

その日は落ち着いており、自分の呼吸をよく観察することができました。

しかし、よく観察すればするほど、 自然な呼吸に混ざって、意図的に呼吸をコントロールしたがる微かな心がちらつきました。

つい油断し、うっとうしい心だなと思ってしまいました。

すぐに、ゆっくりと呼吸に気づきを戻そうとしましたが、 気づきを戻そうとする心の変化が目立ってしまいました。

しかも、動きの速い心が見えているのに、 全ての変化についていけておらず、気づきが飛び飛びになっているのが分かります。

結構深い瞑想状態になっていましたが、 一旦諦めて、少し浮上します。

そういう状態を受け入れて、目立ってくる対象に間口を広げて眺めていると、

心臓の小さく穏やかにゆっくりとした鼓動に気づきが向かいました。

これはとても心地が良く、意図的に心臓をコントロールしようなどという心もなく、 心臓の鼓動を感じている自分に気づきながら、より深い瞑想に進んでいきました。

邪魔がなく、動きのとても細かい細部まで観察が進んでいきました。

と、気づいたときには、既に遅かったのです。

こんなに深く入れるのは、調子が良いなと思ってしまった(そういう感情が出るのを許した油断)と同時に、

いつ、瞑想の対象が、心臓の鼓動を見ている自分から、心臓の鼓動自体になり、 心臓の鼓動にのめり込んでしまったのか、見失ってしまっていました。

その時は、また油断したと思うより先に、 もったいないので、集中をぐっと高めて、 心臓の鼓動にのめり込んでしまった心が消えていき、 心臓の鼓動を見ている自分に気づきが戻る様子を細かく観察しました。

そして、油断したなと冷静に思ってから、 また心臓の鼓動を見ている自分に気づきを戻して、観察を続けました。

この変化は本当に一瞬だったと思いますが、とてもよく見えました。

周りは、そこそこうるさかったようですが、瞑想中はそんなわけで、 そんな外部の刺激を受け取っている余裕はありませんでした。

油断はありましたが、よい体験でした。

概ね、文章化すると、こんな感じだったかと思います。

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